霊能者が行なうのは、統計学的な“占い”ではありません。“霊能力”による鑑定なのです。過去のデータの積み上げではなく、ご相談者の魂を見て、霊波動を感じて、今まさにどんな状態であるか、前世や過去でなにを背負ってきたか、どんな未来を迎える運命にあるのか。それらすべてを霊視するのです。ですから答えはひとりひとり異なります。相談者も知らない使命や運命、それらを読み解いた上での霊能力アドバイスに、是非耳を傾けてみると良いでしょう。
日本には、独自に受け継がれてきた霊媒術を使う伝統的な霊媒師が存在します。世間の流行りや廃りとは距離を置き、連綿と続いてきたその霊媒師は「イタコ」と呼ばれています。あの世とつながっているとされる地、日本三大霊山の恐山を有する青森県は下北半島を中心的な活動の場とし、主に青森県や岩手県の東北地方で数は大きく減少したとは言え、今も活動を続けています。
霊媒術とは、すなわち霊媒師が自分の身体を媒介として、イタコに伝わる祭文や祈祷術によって、霊をあの世から降ろす(降霊させる、憑依させる)霊能術のことを言います。口寄せとも呼ばれるこの霊能術は、自分の身体に降ろした死者の霊体を入れることになるので、かなりの修行や経験を積んでいなければ不可能な術式になります。そうしなければ憑依を解くことができず、憑きものを宿したまま自我を喪失しかねないことになります。もっとも、能力の低いイタコが口寄せを行おうとしたところで死者霊が応じず、降霊は出来ないといった結果に終わるでしょうが。
元々この降霊は、死者の霊を口寄せることを主としていました。亡くなった人の声を聞きたい、聞けなかった遺志を受け取りたい、これからの人生をどうすれば良いか導いて欲しいといった、死者との会話のためにイタコが執り行う霊能術だったのです。しかし現代では死者のみならず、生きている人の心の声を聞く場合にもこの降霊や口寄せの霊媒術は行なわれています。つまり人の死とは魂と肉体の内、肉体の消失を意味します。魂があれば、イタコはその人と霊的に会話を行うことが出来、自分の肉体に憑依させることが出来るのです。つまり生きている人の口寄せとは、その人の生き霊を自分に憑依させ、その本心なり感情なり嗜好なりを語らせるように行なわれるのです。
冒頭に戻りますが、イタコは現在その数が減少しており、また青森県や岩手県に留まらず全国へ散るようになりました。恐山で大祭が行なわれる時期に限って、イタコはその姿を大勢の前に表します。その時期以外は、特にイタコは他のイタコと接点を持って集まることもなく、個々の家で来訪者の相談を受けて霊媒術を行うといった活動をしています。元々は目にハンデを抱えていた女性の生きる糧として止むなく選んだ職業霊媒師だったものが、今では職業選択の自由が広がり、厳しい修行や独立までに長い経験を必要としない他の職業へと女性の関心は移ってしまったのです。慢性的な後継者不足、現役イタコの老齢化はどうしようもなく、伝統的霊媒術はこのまま失われて行くのかといった課題が突き付けられています。